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JMAC50周年!!を迎えて(その2)2011.07.31イマイ
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私用で多忙ですっかり遅れましたが、やっと(その2)復帰です。続けよう かという気持ちが出ました。 
なでしこジャパンの活躍は、嬉しい限りでした。ワタシもやったる!という元 気につながりました。
それにしても社会環境は非道い。地震・原発諸々の国難をどう乗り切るのだろ うか。国民のひとりとして憂いております。
相変わらずの政治不信・経済不振の様相を呈して打開が見られず、さらに、 日本の内面を支えてきた根幹が腐敗し、崩れかけているとの危惧を拭う ことが 出来ません。
後進国依りかかり経済も先が見えつつある時に、国民自立性総喪失の危機にどう 対処すべきであろうか。(真面目ですが、後略)

本題に戻りますが、創立時は「モデル・カーズ誌」でも取り上げられましたの で、経緯の話はそちらでご覧いただけたと思い、コラムでは私見にて勝手 に しゃべることといたします。
あまり資料などと縁もなく、想い出しながら記事を綴るので見?流していただき たく、何かお気付きのことがありましたら、お教えいただきたいと思っており ます。
  暖かいご意見なども宜敷くお願いいたします。

さて、「JMAC50年」で見ますとですが、こちらは年数は経っても腐って はいられません。それより振り返ることで何か見えてくる筈です。 (前向き)
50年前というと、1961年・昭和36年の昔。まだ実車自体が高級品で、「自 動車」関連の趣味を持つことは一面それ自体がステータスでした。

かたや、玩具自動車などは「子供のオモチャ」であり、大のオトナが買うなどは 気恥ずかしい状況でして、「オタク」も世に認められていない時代でありました。
クルマを手に入れる事が男の夢であった時代、ましてや外車など憧れるだけの存 在であった時代でしたが、これを身近に感じることの出来るものが「ミ ニ カー」だったともいえます。
先進欧米の鋳造技術で造られた彼の地のミニチュアモデルは造形的にも魅力的 で、43を中心としたサイズもコレクション向きであり、男心のギャップを埋 めてくれるものでありました。
さらに言えば、蒐集欲も満たしてくれて、継続性・話題性・省スペースそして芸 術の息吹をも感じる、長く置いても痛まない(筈)アイテムはコレク ション趣 味にウッテツケであると言えます。

手元に「Collector誌」 No.80何号かがありますが、後表紙の内側に「コレク ションの花形・・・・・・・ ”ミニカー” 世界の自動車を集めましょう」な んて書いてある。
「ミニカーはおもちゃではありません。コレクション用としてつくられたもので す・・・・・」 「絶版ミニカー・・・云々」知らず知らず、乗せら れてい たのかも知れませんが・・・・
久しぶりにページを開けて、懐かしくあれこれ眺めてしまいました。(会員が 全号目標に集めてます。まだ完全手前ですが努力中)


こんな可愛い小冊子で、懸命に宣伝した訳はこの頃、日本で海外モデルを手に入 れる場はまだ少なく、デパートも限られていたからでしょう。 
その中で西部池袋百貨店は、大変販売熱心で、特にディンキー、コーギーを始め とした品揃えは圧巻でした。メカノ社だから、パンチ穴にビス・ナッ トで組 み立ての大きな橋に飾られた古いディンキー製の名車が電動でゆっくりと動いて いたジオラマ陳列は、今でも目に焼きついています。
専門店と言えるアイアイアド・イケダ・小島・ポストホビーなど扱う店も少な かったように記憶しています。だから、逆に探す楽しみがありました。

JMACは当初、「モデラー」と「コレクター」の会員が存在していました。
  実車に付随してのコレクションだったと思われます。
中島会長は後から入会されたそうですが、持ち前のコレクター魂からすぐにこの 会を引っ張っていきます。
世界でも類を見ない多くのコレクターのバイブルとなった名著「世界のミニカー (保育社)」他、数々の著書や、テレビでの出演など、日本のミニカー コレク ターの先駆けとなった方です。
先年、惜しまれつつ逝去されましたが、その足跡は大いなるものがありました。  (現在も会長のまま、紹介させていただいております)


小生が入会したのは確か昭和39年ごろでしたが、学生の時に「秋葉原・交通博 物館」でのJMACミニカー展示?会の会場で、中島会長から、にこやかに声 を掛けて頂いたのが始まり。
当時は上野・東天紅での集まり、京橋・中島ビル会議室や、京橋会館、今は無い らしい東京都勤労福祉会館など場所を変え、情報交換や物々交換など楽 しく想 い出します。
それまで見たことも無い海外の名モデルを会員同士で鑑賞したり、頒布もあり、 ほとんど機会の無かった「ミニカー情報源」はJMAC例会で勉強したものです。
古いモデルに特に感激して、海外のミニカー雑誌、英セシル・ギブソンの写真誌 など食い入るように見入った覚えがあります。


「ミニチュア・カー誌」はS43年2月の発刊で、創刊1号には <ミニカーコ レクション入門講座 T>「世界中には5百万人の仲間がいる」-開講のことば に代えて -中島 登 
が掲載されて、蒐集にさらに力が入った時期でした。当時の乏しい情報の中 に、より強い光を感じたように思います。小生コレクションの一部が表紙を 飾ったのは光栄でした。


(現代は、クルマ情報はむしろ氾濫し、整理することのほうが大変だし、所謂ミ ニカー周辺も多過ぎて、どうやって切るかが悩ましい。JMAC会員もほと んどの方が範囲を絞ってのコレクションをされるようになっている。ネット オークションも大きく成長して、43のほとんどはその姿を消してデパート売り場も 様変わり。 
おおもとである自動車自体が日用品になったきた訳で、その接し方も昔と全く 次元が異なってきたと見ます。50年は本当に昔となってしまいまし た!
さらに「ヒト」を取り巻く有り余る事象が「モノ」に対する意識・拘りを薄め ている。モノとの付き合い方など、この辺の話は次の機会に再考したいと思 います。)


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