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JMAC50周年!!を迎えて(その3)2011.11.23イマイ
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JMAC50の歩みは会員相互の交流が育んできたもので、言い換えれば、あまり世 間では認められなかった趣味の世界での仲間意識が鎹となり、取り持ってきた 面があります。
中島登会長は、結構人付き合いが良くて、パフォーマンス好きで、コレクション 好きで、熱意を併せ持ち、正にうってつけの伝道師的存在でした。
途中からでしたが、デパートやショールーム初めミニカー展示イベント、テレビ なども積極的に出演、結構引っ張りだこ。ご本人も楽しみながら、ミニカー文 化の向上に意欲的でありました。さらに展示会あるごとに他の会員が出品したものを見 て、ひそかにコレクション闘志を燃やしたりして。(JMACの会合は貴重な情報 源でした)


さて、日本のミニカーコレクション史上、大きな道標となった「世界のミニ カー」誌・上梓での想い出です。
会長の主なコレクションスケールは43でしたが、当初まだ対象となる国産モデ ルは少なくて、コレクションとしては数不足でした。外車については友人や、 一部コレクターが海外勤務・旅行などで入手し個人所有していたものを譲り受けたり、 欲しい海外のミニカーは海外誌で探してプロマニアに頼むのも手紙。大変な時間を 掛けて集める時代でした。
会長に頼まれて、小生が海外コレクターとのミニカー交換を始めたのもこの頃で すし、毎日のように英語辞書と首っ引きでレター書きしたことを思い出します。


蒐集対象はディンキー・ソリッド・テクノ・メルクリン・あれやこれやなど正統 派モデルに止まらず幅広く、ブリキやその他車関係の装飾品(バッジ、タイピン、 カップ等々)まで広く対象にして、まさにオールマイティ・車のコレクター振りに 圧倒されたものです。が、いつも悩みの種は情報の不足でした。
ご自分で欲しい情報があまりにも少なく、海外を見ても、ミニカーコレクション ブックはほとんど見当たらず、雑誌も少ない時代でしたので、それでは自分が コレクション本を上梓しようとの想いが強くなり、とうとう「世界のミニカー」を 出版することになりました。


国産ミニカーが充実しつつあった時代の到来もひとつの要因です。やっと国産ミ ニカーラインもコレクションの体を成して、その評価も固まってきたことが グッドタイミング。
外車至上主義だった他のコレクターと異なり、会長は先見性を持って国産車モデ ルの良さを常にアピールし、ヴァリエーション云々で熱心に語り、蒐集もして おられましたので、自身ご自慢のコレクションを紹介する場としても、大いに 意義のあった取り組みでした。

日本のミニカーコレクション・バイブルとも言える小冊子の誕生です。

中島会長最初の著作「世界のミニカー」出版にあたって、会長の意気込みは大変 なものでした。ご自分のコレクションオンリーながら、どう編集し紹介してい くか何度も何度も推敲を重ね、それは産みの苦しみと楽しみの連続でした。
  小生は丁度学生時代でしたので、泊り掛けで鎌倉のお宅に伺っては、写真撮影の 準備からリスト作成などのお手伝いをしました。
写真は出版社カメラマンが撮ってくれるのですが、とにかく棚から出して順番に 並べ、時には好きなアングルや照明角度の注文をつけたり、会長と一緒にあれ がいい、これがいいで寝食を忘れ、奥様が食事よと声を掛けていただくまで現場に 張り付きっぱなしだったのを懐かしく想い出します。
学生時代なら授業をサボって時間はあったものですから、当時の花形であった ディンキー、コーギー、レズニー、テクノなどと特に国産のモデルの年式・ ディテール型違いや、色違いなど、数多くの会長コレクションから選び出し、 さらにどのように分類しようとか、ミニカーに囲まれ、鑑賞し、どっぷりと 浸かって、今あらためて考えるまでもなく至高至福の時間でした。
  人様(会長)のモノですけれど、ミニカーに囲まれて、触れて満喫し尽くした感 覚がありました。
その後蒐集欲の強い私が、見ることの楽しさを大事にし、モデルの入手自体には 左程拘泥しないで済んでいるのは、この時の体験から来ているかも知れませ ん。(かも?)


同じ車種であっても、型違い・色違いを並べると、厚みというか深みというか、 幅が広がってコレクションの楽しみが倍々で増える。だが最初はそこまで考 えずに突っ走る。
とおり一遍で集めただけでは理解できないことも多い。教えてくれる人がい て、初めて気がつく。何事も基本は体験ステップアップなのだ。(人が本能 的に知る真理)
これは、趣味のみでなく、人生そのものにも通ずる「教え」ではなかろうか/// などと、ひとり悦に入って・・・・これぞ知る人ぞ知る「お宅の世界」という のでしょうか。

<ついでにひと講釈>
昔のミニカーは、職人さんが自分のセンスで木型など原型からつくったので、モ デルはメーカー職人によって皆それぞれの特色があり、ホイール周りのパターン などでなく、彫刻の雰囲気だけで○○社の製品と言い当てることが出来ました。 作風を感じることができたのです。
金型の合わせ目であっても、独特の筋が浮き彫りになり、モデルの雰囲気を高め ていたりしてさらに高い芸術性を窺えるなど思い当たることはありませんか?
例えば、仏・キュラル社のシリーズなどは独特な荒削りのラインながら、力強く 格調高いそのプロポーションの見事さは正に芸術品と言え、小生の大好きなモ デル達です。
どんな職人がこの玩具を作り出したのでしょうか。オトナ・子供を問わない見事 な作品となっています。窓ガラスや座席シートは無くても想像力で見ら れます。
画家・ゴッホの筆致はあまりにも有名で、その絵の雰囲気は観る人を別世界へと 誘ってくれます。同様の世界ですね。ミニカーを鑑賞することを侮ってはい けません。

それに、自分の愛車だったり、生活の中で親しんだ車、いつかは乗りたい、手に 入れたい車は、記憶のなかのアルバムをめくるようにミニカーと重なって、手 の中で楽しく物語ってくれる存在でもあります。


中でも、私がその雰囲気に陶酔したのはDinky・30&36シリーズです。モデルの 持つ重厚かつ気品溢れるたたずまいは、若者の気持ちを捉えて離さず、ために 購入した我が家のアンティークなテーブルスタンドの火影の下に、特にお気に 入りの「RR・1934」、「ローヴァー・1937」、「ブリティッシュ・サルムソン・ 1937」など を鎮座させますと、クラシック音楽を聴きながら、いつか時の経過も忘れる程の 幸福で癒される芸術的空間へスリップ・インしていたのです。
さらに、ロンドン情景用にポスト、信号機、ロードサイン、フィギュア、旧ト ラック、コマバンなどと並べ始めて、どうにも止まらない・・・・

現代の精巧なモデル達は、ほとんどがキャドカムの世界だからなのでしょうか。
図面から精密に出来上がったシェイプは、およそ省略の美学からはかけ 離れ て、画一的であり、 細かなパーツ類は触るにも、すぐ壊れそうで怖くて、ハコからも出せません。身 近に触れて楽しむ趣味ではなくなってきた気がします。(言い過ぎか な)
手書き絵画に対し安物写真のイメージに近い感覚で、見ていてもすぐ飽きが来 る。オトナがダメと感じるものには、子供にとっても魅力の薄いものと言え ます。(一般論です)
実車ではなく、ミニカーの良さを感じられるモノをこれから期待します。

ともあれ、ミニカーコレクションは「子供の趣味」という旧社会常識の下、コレ クター先輩諸氏は白い目で見られたり、会長がお店で買う時は「家の子が車好 きで」なんて弁解しながら せっせと購入された日々などの苦労話もお聞きしました。
「世界のミニカー」以降、徐々にですが雪解けの時期を迎えて、日本でのミニ カーコレクション地位が何とか認められるようになったのは、ご同慶の至りで した。
  (現在は少し行き過ぎの感もありますが・・・)



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